思い出の軽井沢 1
マヤと真澄が公にも交際を発表してからのこと。
隠れるようにしてデートをしなくてもよくなって、真澄は出来るだけマヤとの時間をとりたい、と
仕事虫を返上して休暇を作るようになった。
とはいえ、人気女優になったマヤのこと。それでも人並みに週イチ、のようなわけにはいかなかった。
秋のドラマの収録が終わり、マヤにもまとまった休暇がとれるようになって、
真澄もあわせて休暇をとり、冬の軽井沢の別荘に行こう、と計画をたてる。
軽井沢の速水の別荘は、マヤが高校生の時に、ヘレン・ケラーの稽古のために訪れた思い出の場所だ。
「どうだ?あまりこの辺は変わっていないだろう」
「ほんとに。自然が多くて、でも活気があって素敵な所…!」
「前に来た時はあまり遊びに行ったりはしなかったんだろう?」
「はい、えと、その節は別荘の家具とか破壊してすみませんでした…」
真澄は盛大に笑う。お腹が痛くなるほど。
マヤは真っ赤になって
「もぅ!謝ってるんだから、そんなに笑わなくたっていいでしょ!!」と怒る。
真澄にとっては、家具やカーテンや絵画や窓ガラスや絨毯や食器や…が
恐ろしく破壊されていたことなど、どうでも良かった。
(多少もとに戻す為に出費がかさんで、父の追及を逸らせるのが面倒だったが)
ヘレンの稽古で情熱を燃やしていた、と考えると喜びでしかなかった。
そして、まだ幼いマヤに対して淡い恋の感情が芽生えはじめた大切な思い出の場所だ。
「懐かしい人に会えるぞ、マヤ」
そう言いながら扉を開ける。
「おかえりなさいませ!真澄さま」
別荘の管理をまかせている、山下夫妻が待ちかねていた。
「きゃぁぁ、山下のおじさん!おばさん!お久しぶりです~!!」
「マヤちゃん!!まぁ、あなたこんなにキレイになっちゃって~!!」
「そりゃ、女優さんなんだもんな、マヤちゃん。また会えて夢のようだよ」
「そうそう、私たちにとっちゃ、娘みたいなもんだったから~」
「まさか真澄様とねぇ」
「あら、私はそうなるんじゃないかしら、とは思ってましたよ」
「えええええ!いつから~~~?」
「うふふふ、それはね…」
三人が盛り上がる横で真澄は赤くなりながら咳払いをする。
「立ち話もなんだし、中でお茶にしましょう」
「夕食はマヤちゃんの好きなハンバーグとシチューを用意しておきましたよ」
「わぁ、おばさん、覚えててくださったんですかぁ?」
「忘れられませんよ、あの夏のことは」
かなわないな、と思いながら真澄は嬉しかった。
お世話になってきた山下夫妻がこんなにも歓迎してくれる。
こんな形で恩返し、ではないが喜んで貰えるのは有難かった。
そろそろ雪がちらちらと舞い始める。
「今度は冬の軽井沢をお二人で。ゆっくりとお過ごしくださいね」
お茶のあと山下夫妻は家に帰り、マヤと真澄は散策に出ることにした。
絵本の美術館やおもちゃ博物館でクリスマスの飾りのおもちゃが特別展示になっている。
軽井沢の自然はここのドイツの森のような風景によく似ているのかもしれない。
クリスマスの心の準備、というのは騒がしいものではない。
今日のようにゆったりと豊かな心を整えるのは、普段忙しい二人には贅沢な癒しの時間になった。
「伊豆の別荘も好きだけれど…紫のばらのひととの思い出と速水さんとの思い出が一致するから…
あたしは軽井沢も大好き、です…」
そんなかわいいことを言われて…真澄はノックアウトされてしまう。
ああ、そうだ。
自分が思わず抱きしめてしまった。
か細くて、傷だらけで、自分の情熱の炎で自分を焼いてしまいそうなこの子を。
初めて、愛おしい、と思った…
あのあと、自分の心におこった情熱に驚いて。
氷の心が融けはじめる戸惑いに、平静を失ったあの日…
居たたまれなくなって、慌てて東京に帰ってしまった。
あの頃の「速水真澄」にはありえない心だったから。
「そうだな…俺もこれから好きになりそうだよ。君といっしょにいるから…
これから、もっともっとたくさん思い出を作って行こうな」
チャペルの前でふたりは甘くキスを交わした。
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