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傷痕
2011-04-23 Sat 03:03
           傷痕


 俺の手首には、小さな傷痕がある。目立つ傷ではない。
普段はワイシャツの袖に見え隠れするので、ほとんど他人の目に触れる事は無い。
俺一人が知っている傷だ。

俺はことのほかこの傷痕を愛している。
自分の身体で何処が一番すきか、なんて
男にはかなり気味の悪い質問だが、もし問われれば
他の場所などどうでもいい、一番にこの傷を愛していると答えるだろう。

なぜなら、

これは生涯唯一の、最愛のひとにつけられた傷だからだ。

あの日、大衆の面前で俺はあの子を挑発した。
蔑んだ、酷い言葉でもって。
嘲笑う俺の声で、聴衆もつられて笑った。
あの子が、怒りに震えるのを俺は目に焼き付けた。

大人気ないと言われようと、紳士でないと言われようと。
…あの子に殺してやりたいと思うほど憎まれようと
俺は構わなかった。

あの子が天性の輝きで、聴衆を魅了できるなら。
自分の実力で、幸運の女神を振り返らせることが出来るなら。

結果あの子は挑発に乗り、俺に牙をむいて

…まさに、俺の手首に牙を立てた…

ひとりになって、俺は血を流しているのに気付き、
あの子の立てた牙の跡にくちづけた。

なめて。
吸って。

血の味はあの子の味だったかも、と思いながら。

ねぶって。
こねて。

どれだけの時間、自分の傷と戯れていたかしれないが
優しい人は、「傷を舐めたりしてはいけません」とハンカチを巻いた。


優しい人を送り届けてひとりになって
俺はすぐにハンカチを取り去った。
傷を治そうなんて思わない。
見るとすでに傷は乾き、血の痕も無かった。

愛するあの子の名残を留めておきたかったのに。

俺は迷わず、あの子と同じように
乾いた傷を噛み破った…


これは、あの子を傷つけ続けた、贖罪の証。
俺が生涯、紫の影として見守る契約の証。
俺の心が、あの子の物だという所有の印。

俺の身体に、刻みつける。



それからというもの、その生傷は俺の玩具になった。
かさぶたでも出来ようものなら、子どもの様にむしり取った。
優しい人は何も言わないが、少しだけ非難めいた目を向けた。
「治りかけは痒くて、どうしても掻き毟ってしまいますよね」
俺の言い訳に優しい人は曖昧に笑っていたが…
こんなケガなど、したことは無かったのだろう。

そして努力のかいあって、
薄くぴかっと光る、愛おしい傷痕が出来上がった。

しかし、実際のあの子との関係は、
永遠に繋げられないものに、なってしまった…

そうすると、喜びの象徴であったはずの傷痕は
かえって俺を苛むものへと変わっていった。

いくら望んでも得られない拒絶の柵。
絶望の檻に閉じ込める封印。
孤独の闇に葬り去られ、俺は傷痕を見るたびに胸が痛んだ。
生きながら死んでいく喪失感に、この傷痕は眩し過ぎる。


そうして。
いろいろあって。
ほんとうに、いろいろあって。


マヤが、目覚めて一番初めに、この傷痕に気付いた。

「速水さん…これ…。」
「ああ。昔の勲章だ。憶えてるか?」
「こんな傷痕になるくらい…ごめんなさい…」

「いや、マヤがしただけなら、こんなにならない。
おれが憶えておきたくて、わざとこんなにした」

「おれがマヤのものだって印だ。かっこいいだろ」

マヤは涙ぐみながらこの傷痕にくちづけて、舐めて、吸った。

「あたしにも、速水さんのものってシルシ、つけて欲しい…」

「…いいのか?」

「うん…」

「仕事柄、目立つ所は避けておこう…ココでも、いいか?」

おれはマヤの両足の付け根、内側の柔らかな場所に痕をつけた。

「ちゃんとした、傷じゃないわ。すぐに消えてしまう…」

おれは、少し焦りながら答えた…

「消えるまでに、またつけるから大丈夫だ・・・」






おしまいっ!!



あとがきはこちらっ!!
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