指相撲劇団つきかげぷらす一角獣の公演も、今や前売りが1時間で完売するという人気を博していた。
元劇団員であるマヤは、紅天女を獲得してからはなかなか顔を出せる時間が持てなかったが
今回は大都劇場での初公演ということもあって
千秋楽の今日だけは真澄と共に観劇をし、終幕後に打ち上げに参加することになっていた。
長年の確執からくる噂を蹴散らすようにして
マヤは再度大都芸能と契約を交わし
真澄は「お気に入り女優」として各所に連れ歩いた。
時に取り巻きの中で漫才のようなやりとりをして
あの堅物で仕事人間のカリスマ社長がやり込められたり爆笑したり
日本を代表する女優が親しみやすい天然系で話題になり
一時婚約破棄などで評判が下がっていたはずの大都芸能は
いつの間にか最盛期以上に注目される企業に返り咲いていた。
二人の関係は、信頼をおけるごく僅かの関係者にしか知れてはいなかった。
「速水さん、忙しいのに、打ち上げまで残ってくれてありがとうございます」
マヤはこれ以上無いような笑顔で真澄を見上げた。
「なに、つきかげと一角獣の興行成績は我が劇場でも上位のほうだ。
追加公演をギリギリまで伸ばしたが、それでも観客動員は増える一方だからな。
劇場主がその労をねぎらわないでどうするんだ。」
「黒沼先生とのタッグが良かったんですね。あたし、すっごく興奮しちゃった!!
あーあ、あたしもあの舞台に立ちたかったです~!」
ははは、と笑って真澄はマヤの頭をくしゃくしゃとした。
「そんなら超ロングランになってしまう。そこまで北島マヤを独占されちゃかなわん」
さ、ここですここです、とマヤは居酒屋の扉を開けた。
ひゅ~~~~~っ!!と指笛が響き、
麗やさやか、お恵さんらが口々に
いらっしゃ~~~い、おせぇぞ何ヤッてたんだぁ、まってましたぁ、のばかでかい声で迎えられる。
マヤは飛んでいって、みんなに抱きつきにいく。
すっごいよかったぁ、羨ましかった~、とマヤは白百合荘の頃に戻ったようにはしゃいでいる。
そうかと思うと、一角獣のむくつけき俳優たちが逆に飛んできて、真澄に抱きつく。
すでに出来上がってるな、コイツら。
たじろいでいる真澄をよそに、マヤはすっかり一員となり、どこかにまぎれてしまった。
「おーい、おっさんチームはこっちだぞぉ」
奥の座敷で堀田と黒沼が手招きをしている。
「おっさんは無いだろ、おっさんは…」真澄はひとりごちて奥に向かう。
「公演の大成功、本当におめでとうございます。劇場主として感謝しています」
「なあに、硬い挨拶はヌキだ。まずは1杯。車じゃないんだろ?」
「速水社長、、俺、俺、あなたを信じてきて、本当に良かったです、ほんとに、ほんとに、…」
「堀田おめキモチワルイ顔して泣くな!呑め!のめ!」
すっかり出来上がっている劇団員と泣き上戸の堀田と、いつも以上に口の悪い黒沼。
真澄はこんな仲間と腹を割って飲むような経験は無かった。
腹の探りあいの中で口にする酒を、うまいと思ったことは無かった。
まだ自分をさらけ出すような気にはなれないものの、
真澄はなかなかこれも楽しいものだ、と感じていた。
気が付くと、マヤも結構飲んでいるらしい。
女子会は頭をつきあわせてコソコソ話しては、突然、
きゃはははははははははは!と奇声をあげ、周囲を驚かせる。
女子が時々、チラ、チラ、とこちらをうかがってはクスクス笑っている。
マヤ、あいつ、何か俺のこと喋ってるな…
あの盛り上がり方と視線は…もしや…
俺はオカズにはなっても、サカナにはならんぞ!!「マヤ、なに俺のこと言ってるんだ。」
「えー、ヘンなこと言ってませんよぉ。速水さんてあんなにきれいな指してるけど、
けっこう力強いんです、ってはなしです!」
女子はうんうん頷きながら、しかし全員カマボコ型の眼をして見ている。
まり○っこりか。
「あのねー、あたし後で聞いたんですけど、初恋宣言した時、速水さんカクテルグラス握って割ったでしょー」
「それからー、梅の谷で一晩いっしょに過ごした時、
素手で薪を割ったりしてて、けっこうびっくりしたんですよぉ~」
そんな話、聞いてないぞといわんばかりにヒュウ、と声がかかる。
「それってけっこうな握力だと思うんですよね~」
「仕事仕事で時間無いはずなのに、ドコで鍛えてるんだろ、とか。」
なんかヘンな暴露話になってしまわないうちに、真澄は方向転換をすることにした。
「そうだな、指相撲には自信があるな」
今度は男性軍が色めき立った。
「ハイ!ハイ!俺 速水社長にお手合わせ願いたいです!!」
恐れを知らぬ若手が名乗りを上げる。
指相撲は腕相撲と比べると狡猾さがものをいう。瞬発力もだ。
まさに、速水真澄そのもの、といってもいい。
「お前~考えて勝負しろよ~、勝ったりなんかしたら、干されるぞぉ」
「ま、まさか、そんなことあるんですか?!」
「そーだぞぉ、大都グループの次期総裁どのだぁ。気ぃつけろぉ~」
「黒沼先生、勘弁してください。指相撲ごときで根に持ったりしません」
はいはい、でははっけよーい、のこた! マヤが叫ぶ。
瞬殺。
二人目、三人目、と次々名乗りをあげる者共をなぎ倒して、
真澄は美しいドヤ顔をした。
女子会は黄色い声をあげ、男どもは焦った。
田辺まで倒して、あとは堀田のみ。しかし堀田は団員がひとつになっているのをみて
感涙にむせび、美奈にヨチヨチされて二人の世界に行ってしまっている。
残るは・・・・
黒沼は黙って手でばってんをした。
真澄が究極の美しきドヤ顔をしようとした途端、
ハイハイハイハイーーー!!
いいちょーし、になっている日本を代表する紅天女女優が手をぶんぶん振った。
「みんなの仇とったるき、まかしちょきーーー!」なんで急になまるんだ。
え、え、え、?とひるんでいる真澄をよそに、勝負が始まる。
しばらく睨み合いが続いたが、一気に勝負をするために親指の力を抜いた。
マヤが真澄の指を押さえようとした瞬間、人差し指でかけようと…
「やんっ、人指し指使っちゃダメッ!!」
「あんっ、イタイッ痛いってば!!」
男どもが口に含んでいた飲み物をいっせいに吹いた。
それに感づいて、真澄もショートしてしまい、
結局固められかけた指をほどいて、悠々と真澄の指を固め、マヤの勝利となった。
その後、頭から湯気を立ててうなだれる真澄と
同じように湯気を立てている男どもと
キャーキャー興奮している女子会と
勝利の雄たけびをあげる狼少女と…
帰り道、真澄はマヤに聞いた。
「・・・あれ、作戦か。」
マヤは不思議そうに真澄に聞いた。
「なにが?」
おしまい。
やっぱり逃げたほうが良さそうデス。
ではっ!! しゅたっ
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