雨やどり ３ ふらふらと吸い寄せられるようにマヤの濡れた髪に触れる。
ビクッ、と震えて振り返るマヤの瞳を見て、真澄は我に返った。
瞬時に、この子は自分に気を許しているわけではない、と気付く。
「…まだ濡れてるじゃないか。ドライヤー持ってくる。」
乾燥機が廻り続けている横で、真澄は顔を洗った。
今、自分は何をしようとしていたのか。
あの子の驚きと警戒の混じった瞳。とっさに息を飲んだ表情。
自分の心臓の背中側が、氷を当てられて急に縮こまり冷えたような気がした。
慌てて逃げ出した自分が、恥ずかしく情けなかった。
幾分か落ち着きを取り戻したので、ドライヤーを持って戻る。
ソファに座って所在無くしているマヤに声をかける。
「こっちにおいで。コンセントが遠いんだ」
二人で床に座り込んで、真澄はドライヤーの風をマヤの髪に当てた。
「自分で出来ます」
マヤは俯いている。
「いいから」
マヤの艶やかでハリのある黒髪に、緩やかに風を送りながら
少しずつ指で梳く。
時々うなじや髪の生え際、耳などに指が触れる。
真澄は髪がすぐに乾かないように、出来るだけ弱い風を遠くから当てた。
マヤに堂々と触れることができるなんて、こんな時くらいだ。
自分の恋しい想いを、指先に込めて優しく…これで満足しよう、と決めていた。
始め俯き頑なな態度でいたマヤも、心地良いのかリラックスし始めたようだった。
夢のような時間だなと思い始めた時、マヤが口を開く。
「速水さんのことが」
「えっ」
「ずっと前から思っていたんですけど」
「……」
真澄は息を飲んだ。髪を梳く指が止まる。
「あたし、速水さんのことが…よくわかりません」
少し期待をした自分が、軽く失望した自分が恥ずかしかった。
まるで中学生のようじゃないか。
マヤが背中を向けているので、赤面したのを見られなくてよかった。
ドギマギしたのを紛らわせるように、少し指の動きが乱暴になった。
「速水さんは…意地悪だし、イヤミばかり言うし、あたしのこと嫌いなんだろなって思ってるんですけど
…こんな時はどうしてこんなに優しいんだろうってわからなくなってしまうんです」
「…すごく…気持ちいいです」
「おれは…」
「はい？」
「おれは…君のことを嫌いだなんて一度も思ったことはない」
髪の生え際に指を差し入れ、ゆっくりと毛先まで風を当てて梳く。
頭皮をゆっくりと探るようにして揉み解す。
「どうしてかな。君に何か困ったようなことがあれば
何とかしてやりたい、とそわそわしてしまう」
「本当に？」
「ああ。君が舞台で輝いている姿を見るのは、何より好きだ」
マヤの心臓が、また、きゅ…と音を立てたような気がした。
髪を梳かれて、優しい風に吹かれて。
好きだ、という低い声を聞いて。
思い返せば、自分の母以外にこんな風に髪を梳いてくれる人など無かった。
好きだ、という言葉を聞いてときめいた事もそんなに無い。
あたしは、この男が嫌いなんだ。
この男を憎んでいるんだ。
いつか見返して、後足で砂をかけるようにしてやる、って…
決心したはずなのに。
母さんの仇をうつって決めたはずなのに。
あたしは、この人が、嫌い、きらい、キライ・・・・
「あたしは…やっぱり、速水さんが…」
キライ、きらい、…大嫌い……
「やっぱり…わかりません……」
「……そうか。大嫌い、って言われるのかと思った」
言い当てられて、瞬間、「そうじゃない」って思っていた。
それが自分の本当の気持ちなんだろうか？
この人に「自分は嫌われている」と思わせるのは酷なことのようにさえ思えた。
自分の気持ちがわからない。
「速水さん…あたし」
「さ、この位にしておこう。艶が出てきれいだよ」
そう言って真澄はドライヤーのスイッチを切った。
つっ！！！づっっ！！！くっっ！！！
ぅわぁ～～～～～～～～～～ん、待たせたあげくまた強力ひっぱり！！
30分じゃ服は乾かないんだよぅ～～～～！！！
（な○さん、ご指摘ありがとうございます！うち乾燥機使わなくて知らなかった…恥恥）
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