はだかの ままで 4
「今日で…おれは紫のバラのひとは卒業するよ」
マヤの恐れていた言葉が、やはり降ってきた、と思った。
あんなに望んでも会えなかった紫のバラのひとが突然に会ってくれる、と決まった時に
マヤの中に不安な胸騒ぎが確かにあった。
それほどの「何か」が真澄の身の上に起こっているのだ。
真澄がそう決めた以上、マヤが追いすがることは出来ない。
いや、今までだって見限られたらそれっきりだという覚悟は出来ていたのだが。
「理由を…聞かせてもらってもいいですか…?」
マヤは止まらない涙を拭くこともせずに、落ち着いて聞いた。
「相手のあることだから、詳しくは言えないんだが」
真澄はマヤと握り合っている手を親指で撫でながら話しはじめる。
「船できみと想いが通じ合った、と確信した後、おれは婚約を続けることは出来ないと先方に話したんだ。
もちろんきみが原因だとは言ってない。
しかし彼女は知っていたんだ、紫のバラのひとがおれだということを。
指輪のこともドレスのことも、彼女がわざとやったことだった。
おれの心をきみから遠ざけたかった、その一心からしたことだったらしい…」
「婚約破棄を言われて、彼女は心神のバランスを崩してしまってね。
死のうとしたんだ…」
マヤは声にならない悲鳴をたてた。
そんな…そんなことが起こっていたなんて…!
「心神耗弱のなかで、彼女は異様に紫のバラに対して敵意をむき出しにした。
それは、おれのきみへに対する想いや、きみ自身を象徴していたんだろう・・・」
青ざめて震えているマヤとは対照的に、真澄は他人事のように淡々と話す。
「鷹宮翁は変わり果てた孫娘を救うために、自分の全てを継承するから彼女と結婚してくれ、と言ったんだ」
「きみの名前を出せば、きみはきっと潰される。
きみを守るためには、きみとの約束を果たせなくても仕方がないのかと諦めかけた…」
「そのときに、聖に言われたんだよ。
きみが他の男に奪われるとしたら…その男を殺しかねないほど、おれはきみを諦められないのだ、と」
「速水さん…」
「つくづく…罪深い男なんだよ、おれは。
速水家の柵に囚われている以上、この業からは逃れることは出来ない…
そう考えたら、速水家を飛び出したくなってね…
オヤジと親子の縁を切る。大都も辞める。
今までの罪滅ぼしをしたい。
…で、鷹宮家の面々の真ん中でそう宣言して、目の前でバリカンで刈ってやった」
「えええ」
「すっかり何も無くなった男に、なんの未練も無い、と言われたよ」
「そんな…まさか…」
「…紫織さんには真意はわかってもらったと思うけどな。
彼女もいつか鷹宮のお人形でなくなる日が来ると思う…」
「こんな丸裸な男は、女優の卵にバラの花を贈ることは出来ないからな。
もうきみはきっと大丈夫だ。これから先、すばらしい女優になれるとおれは信じてる」
マヤは堪らず、真澄の首に抱きついた。
頭が混乱して、なんと言えばよいのか見当がつかない。
真澄がたった一人で自身の運命と闘っている時に、自分は何もできなかった。
なんの恩返しも出来ない…もう、「真澄の劇場」で舞台にたつことも出来ないのだ。
女優として一人前になれたとき、もう、紫のバラのひとはいないのだ。
「これから…速水さんはどうするんですか?」
「速水から籍を抜いて…しばらくは歩き遍路でもして自分を見つめ直そうかと思っている」
「速水さん、って呼べなくなりますね」
真澄はその言葉に、ふっと寂しさを感じた。
どうしても切ることが出来なかった紫のバラの絆は、
こんな小さな呼びかけの名前のなかにもあったのだ。
「あたしは…丸裸でもいい…速水さん、の名前でなくてもいい…
きっと、はだかのままの、あなたが好き…
きっと、あなたが側にいなくても…ずっとずっとあなただけが…」
真澄も、堪らずマヤを強く抱きしめた。
なんど諦めようと心に決めても、マヤのこのひと言で、決意は翻されてしまう。
何度もなんども、完敗してしまう…
「紫のバラのひと…? 最後の、お願いが、あります…」
「なんだ?」
「卒業式を…して欲しいんです。
あたしを…はだかのままの、あたしを…」
「…い…一真に愛される阿古夜を…
一真を愛する阿古夜を…体得したいんです…
最後の、我儘です…」
「あたしを、抱いてください…」
つづく!!!
わーーーーーーーーーーーー!
あっけなく還俗しましたね、とは言われてしまったのですが、マスミン!!
ハイ、マヤたんのまえではあっけなく完敗します。お約束です。
まーねー、お遍路さんで四国とか出雲大社とかお伊勢さんとか、その他いろいろ巡る計画で
坊さんになるつもりは無かったんですよ、彼も…。
そのくらい反省しろよ、ですけどね、まったく。
次回…ご期待の濡れ場、に突入する…のかな、やっぱり。
それでは今宵はこのへんで。
明日もいい日でありますように…!!
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