片翼の天使 2
紅天女・試演への稽古場はいつでも活気がある。
食事休憩になってもその場で弁当を食べたりして、和やかな雰囲気である。
厳しいが気さくな演出家と、芝居の時以外は全く平凡な主役女優が座長であることがその理由だ。
その座長も一時精神不安定な時があったり、痴話喧嘩の修羅場が繰り広げられたりと
どうなることか、と思われた稽古場も、ようやく落ち着きを見せてきたようだった。
カラス天狗俳優が、スポーツ新聞を広げて大きな声を出した。
「おい、見ろよ!『里美 茂 凱旋帰国』だってさ!あいつおれより10は若いんだぜ!」
「へぇ~!ハリウッド映画で準主役決定、か~~!ずっとアメリカで頑張ってたんだな」
「そういえば、なんでアメリカに行っちゃったんだ?」
「…おい!」
マヤがそばにいることに気を使って、目配せをする俳優達。
そうして気を使われるのが、マヤにとっては居心地が悪い気分になるのだ。
そんな時には、自分から話しに加わっていく。
本当に秘密の、心の痛くなること以外ならば。
あの頃の辛い思い出は、もう乗り越えることが出来ていた。
もう、笑って話すことができる。
「へ~~っ、すごい!見せて見せて?!」
わざと明るく走りよっていく。
決まり悪そうにしていた仲間たちは、マヤのあっけらかんとした表情にほっとしたようだった。
「へぇ~~!里美さん、すごい出世したんだぁ」
「連絡、とってないの?」突っ込んだ質問がとんでくる。
「うん~。あたし干されてたでしょ?連絡先なんてまったく。」
デリケートな話題だ、とヒヤヒヤしながらも好奇心まるだしの顔が集まってくる。
「あれから何年…?5年くらい?…なんだか、男っぽくなったよね、この里美さん」
「そうだな、爽やかが服着て歩いてるような明るさが売りだったよな」
「ワイルドで渋みも加わったかな。アメリカでももててるんだろうな」
マヤの胸の中に、楽しかった海岸でのデートの思い出がひろがっていく。
今のこんな苦しい恋を知る前の…無邪気で幸せな恋。
嫌いで別れたのではない。別れの言葉でさえ、交わすことが出来なかった。
でももう、彼は忘れてしまっているのだろうな…自分のことなど。
そう思うと寂しいが、大切にしたい思い出だった。
「あたしのことなんて、もう忘れちゃってるよ~」
「そうかな~~~?いまや紅天女候補だもの、きっと思い出すよ!」
「でさ、里美君との初恋は阿古夜の恋に生かせそうだったの?」
どこにも、そんな不躾な、空気の読めない質問をしてくる阿呆はいるものだ。
そこにいる者全員が「ギンッ」っという視線で阿呆を睨みつけた。
マヤは照れながらこたえる。まったく意に介して無いように。
「えと、楽しいデート、はしましたけどね~忙しくってなかなかね~」
「ね、キスくらいはした?したんでしょ?!」
「オマエ~~~~~!何聞くんだ~~~~~!! 死刑じゃあああ!!」
稽古場はふざけ半分で大騒ぎになっていく。
マヤは笑ってはいるが、イチゴかトマトと勝負しても勝てる、くらいに紅くなっていた。
誰も答えを求めなかった。
ちゃんと顔を見ればわかったから…。
自分と少しでも関わった人が、こうして活躍している。
マヤは嬉しかった。
このまま二人は別々の道を歩いていくのだろうが…
彼の活躍には本当に勇気をもらえた。
自分も絶対に紅天女を獲得したい。そうすれば、少しは思い出してくれるだろうか…
つづく。
どこがシリアスなんだか!
ま、ゆっくりいきます。長編、とはきっといえないくらいの短さになると思いますが。
それでは今宵はこのへんで。
明日もいい日でありますように…☆
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