片翼の天使 7
紫織はそれからというもの、真澄の外出先には秘かに後をつける、などしていた。
マヤの稽古していた場所にわざわざ訪れてしばらく佇む真澄を見つめて、真澄の心中を思い巡らす。
嫉妬の炎がゆらゆらと自分の心に立ち上るのを、とめることが出来なかった。
真澄が北島マヤに感じている魅力とは何なのだろう…
稽古場に赴き、紅天女の稽古見学をしながら考えた。
さすがに天才演劇少女といわれるだけあって、紅姫を演じている姿には圧倒される。
しかし、一旦役を離れればどこにでもいる…いや、ともすれば人混みのなかでは絶対に見出すことのできない、
平凡極まりない、小さくて貧しくてつまらない少女だった。
自分は何も不自由と思う事なく生きてきた。
けれど、この小さな少女が持っている、ただ一つのものを自分は持てないのだ。
こんな、つまらなさそうな少女に…劣っている…
食事休憩に入った時に声をかけた。
マヤは紫織の姿を見てビク、となった。
月影との話の後、真澄を思い出すのは辛かった。
それ以上に、花嫁になる紫織の幸せそうな美しい姿をみるのも辛かった。
笑顔で対応する余裕は、マヤには残されていなかった。
「ごめんなさいね、ムリヤリ連れ出したりして。ちょっとお話したいことがありましたの」
「いいえ…わざわざ稽古場まで来てくださってありがとうございました」
「あ…ごめんなさい、ちょっと…」
紫織は左手薬指の婚約指輪を抜き差しした。
大きなサファイアが光る。こんな大きな宝石が似合う指…
そっと触れて微笑む姿も極上だ、とマヤは思った。
愛される喜びとは、こんな笑顔を言うのだろうか。
「あ…どうかして?」
「いえ…大きな宝石ですね…あたし、初めて見ました」
「婚約指輪ですのよ。真澄様にいただいた…」
マヤの心臓がギュ、と縮んだ。
真澄の愛の証が、この大きな宝石に込められている…
自分には望んでも手に入らない、真澄の愛の。
「少しサイズが大きいのかしら。石が重いからか抜けてしまいそうで…。心配でつい触ってしまいますの」
「お似合いです…紫織さんに…とても」
そうなのだ。真澄にはこんな極上の女性が似合うのだ。
自分みたいな、チンクシャなお子ちゃまを相手になんかするわけがない…。
「今日お話がしたかったのは…紅天女の件ですの」
紫織は重々しく切り出した。
「マヤさん…真澄様を…許してやっていただきたいの」
悲痛な表情をして続ける。
「真澄様があなたのお母様にしたこと…わたくしも伺いました。
あなたが真澄様の事を憎く思う事も、仕方がないことだと思います…
本当に申し訳ないことをしましたわ。真澄様にかわって、わたくしお詫びをいたします」
「どうして…紫織さんが謝るんですか?紫織さんには関係ないことなのに…」
「でも…わたくし、真澄様の妻になるのですもの…夫の罪を妻も償うのは当然のことですわ」
紫織が口を開くたびに、マヤの心は傷ついた。
「ただこのまま…あなたが真澄様を憎み続けていたら…真澄様の夢は、かなわなくなってしまう…」
「速水さんの、夢…?」
マヤは思い出していた。梅の谷の草原で、流れ星を二人で眺めた夜のことを。
あの時、真澄が言っていた…「俺の願い事は、きっと一生叶わない」と。
「真澄様の長年の夢…大都劇場で、紅天女を上演すること。
試演の結果、どちらが上演権を獲得するかはわからないけれど、
あなたに決まれば真澄様を嫌っているあなたのこと…大都での上演はきっと拒否なさるのでしょう?
そうすれば…真澄様の夢はかなわなくなってしまう…」
ああ…それで…速水さんはあんなことを言ってたのか…
あたしが、速水さんの願い事を叶えない…原因になってたのか…
自分が、真澄を苦しめる根源なのか、とマヤは暗澹たる心になって、絶望の淵に立っていた。
「ね、マヤさん…真澄様はああ見えて、本当は心のあたたかな、優しい方なんですの。
あなたには信じられないでしょうけど、そうでなければわたくし、婚約など…」
「…わかってます」
紫織が話しているのを遮るようにして、マヤは言った。
真澄が今まで、紫のバラの人として自分にどれだけ優しかったか。
速水真澄としても、表面上は冷たく見せながらも自分の為を思って行動していた数々のこと…
その中に、真澄の優しさがどれだけ込められていたか。わからないはずがない…今となっては。
その一つ一つを、愛おしい、と思う。
真澄がこんなにも…恋しい。涙が、滲みそうになるのを懸命にこらえる。
「わかっています…あたし…」
マヤの表情を見て、言葉を聞いて…紫織の中に強い殺意が生まれた。
この子…真澄様に…好意を持っている…!
平凡でちっぽけな娘だと思っていたけれど、真澄を語るひと言の中に込めたこの乙女の心情を読んで
たちまち自分の立場が危うくなったことを察知した。
もし、この子の想いが真澄に伝わってしまえば…?
急がなければ…!
一刻の猶予も残されてはいない。
真澄の心に住む、この子への想いも
この子の心に住む、真澄への想いも両方…息の根を止めなければ…!
時間が、と言って立ったマヤのバッグを掴み、引き止めた。
バッグの中身をぶちまけてしまったところに、慌てて拾い集める振りをしながら、
婚約指輪をしのばせた。
大切な婚約指輪だが…真澄の心からこの子を追い出す為にはかえられない。
盗みの疑惑をかぶせて陥れれば、必ず真澄はこの子を見限るはず…。
紫織の心に巣食う悪魔のおもいは、冷静に悪事を考えついて実行に移していくのだった。
つづく。
さて、次回ドレスの染み、事件!!!
悪評高き、あのシーンです!!
ひょっとすると、原作本編よりも・・・・
(白目表現で割愛されている心情を細かく…ゲフンゲフン)
皆様、申し訳ない!!お気を確かに、奥様!!!!
それでは、今宵はこのへんで。
明日もいい日でありますように…(48巻、ゲットだぜ!!)
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