片翼の天使 3
腹の底に沈む鉛は、思いのほか重かった。
梅の谷で出逢った、甘く幸せな幻。
生まれ出でてめぐり合うことの奇跡と幸せを心から感じることが出来た。
人生で最良の…夢。まぼろし。
あの時の幸せを語る言葉はみつからない。
嫌われ、憎まれていると思い込みながらも魅せられて愛しつづけてきた女と
幽玄の空間で抱きしめあった驚きは
にわかに信じることが出来なかった。
義父の言葉と自分の立場に縛られ、
自分が恋煩いのあげく作り出した、救いようの無い幻想だと
嗤って収めるしかない、とあきらめた。
よろこびは切なさに変わり、やがて自分を苦しめる棘となった。
奇跡など、起こらない。
流れ星も、願い事などに気付かぬように走り去ってゆく。
夢は、みるほど辛くなるものだ。
一世一代の自分の仕事と言い含められた婚約発表のパーティーが行われた日、
梅の谷の幻想を封印し、真澄は主役を演じた。
経済界のトップの血を引く美しい令嬢と才気溢れる青年実業家との婚約。
誰もが目を留めるような美男美女。
将来を約束された、幸せ、地位、名誉。
そして、出逢った瞬間に魅かれあい求め合う、魂の片割れ同士の恋。
それを、自分が主人公になって演じる…。
自分が本当に魅かれた女ではない、片割れとの婚約。
こんなにも腹が重たいものなのか、と思う。
穏やかに微笑む心の底で、反吐が渦巻く。
常に腹に据えかねて、吐き気を誤魔化すように世辞を口にする。
祝福を口にしながらすり寄ってくる客どもに、サービスで見せ付けるように婚約者の腰に手をまわす。
ダンスで喜ばせるために胸に抱いても、唇を合わせることなどまるで無い婚約者を。
この女が、生贄なのか。
夢を諦め、幸せに背をむけ、自分の魂は片割れと結び合うことなく孤独と契約する。
千年の孤独。
その孤独の房に閉じ込められ、封印される自分…
その孤独に寄り添って封印を守る生贄の娘が、この女なのか。
何不自由なく育ってきて、周りの者の意見に逆らうことなく
退屈な自慢話と愛想笑いとお茶とお菓子のなかに漫然と生きてきた娘。
およそ人を疑うことなく、素直に生きてそのまま年老いてゆくのだろう。
自分はこの生贄の女から…少しでも癒される時が来るのだろうか、とぼんやり考えていた。
その時に、真澄の目の前に 忘れたくても忘れられない少女が現れる…。
微笑みながら、真澄の心は泣き叫んでいた。
口からはするすると、婚約者を誉めたたえ、幸せな未来を語る。
壊れた再生機のような気分だった。
心はこんなにもマヤを求めている。
しかし、その執着を引き剥がすのは自分でしかない。
心が涙を流しながら、マヤを侮辱するかのような言葉を語る。
マヤが小さく震えながら祝いの言葉をつぶやく。
そのひと言ひとことが、真澄の胸を切り裂いてゆく。
ああ、これでこの娘に囚われた自分が死んでくれるはずだ…。
翼をもがれた鳥は、生きてはゆけないのだろう。
用意された空の中だけで、片翼だけで無様に羽ばたくのか。
忘れよう。忘れよう。マヤのことなど。
マヤが誰と仲良くしようと…恋をしようと…自分には関係がない、と演じよう。
嘘は百度つくと、本当になるのかもしれない。
そして、嘘は百度つくと…
地獄に……堕ちるのだ。
重苦しいまま、続く。
久々の暗黒真澄、でしたぁ!!それもまた萌え~よ!って仰ってくださる方、さんちゅ♪
それでは今宵はこのへんで。
明日もいい日でありますように☆
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