ひとつのまこと 4午前に始まった会議が紛糾し、議題は次回再度練り直しということで終了した。
こういうのが一番疲れる。
時計をみると疲れが増すので見ないようにはしている。
そこに秘書が珈琲と軽い軽食を運んできた。
「お疲れ様でございました。昼食がわり、というには簡単ですがいかがでしょう?」
「ああ、ありがとう。実はハラペコなんだ。助かるよ。」
「休憩中に申し訳ありませんが…」
「なんだ」
「黒沼龍三氏が社長と面会されたいとの申し出がありまして」
「今お待ちなのか?」
「いえ、ご自分のご都合はなんとでもなるから社長からの連絡を待っている、と仰いました」
「桜小路の件かもしれんな」
「はい、おそらく」
「わかった。黒沼さんとの会合は場所が決まっているからな。俺から連絡しておくよ」
「おそれいります」
雑多な用は適当に割り振って、黒沼さんとの時間を作り、夜の街へと出る。
最近は会社に缶詰か退屈な接待ばかりで、なんとなく解放された気分だ。
暖簾の向うに待ち人の背中がある。
「たいへんお待たせをしました。申し訳ありません」
「よぉ、先に始めててこっちこそ申し訳ないな。ささ。」
「失礼します」
「急に呼び出して済まなかったな」
「いえ、こちらにもいろいろ伝わってきていましたので。この度は。」
「そうよ、ウチの組は何かとトラブルが多くてね。俺が呼び込んじまうんだろうか」
「ははは、そんなことは」
「…あんたにも、だいぶ面倒かけちまって。感謝してるぜ」
「僕は何も。で、桜小路くんの容態はどうなんですか?」
「左足の骨折で全治2ヶ月。まぁ若いからな、もっと早く良くはなるんだろうが」
「2ヶ月ですか…難しいですね」
「俺はあきらめねぇよ、あいつを。
北島の芝居を正面から受け止められるのは、いま何処を探したってあいつしかいないからな。
まさに、舞台での『魂の片割れ』だな。」
おれは『魂の片割れ』の言葉をきいて ちり、と胸がこげる気がした。
「どうやら今、あいつは人生の岐路に立っているようなんだな。そこにこの事故だ。
今をどう過ごすかによって、あいつは大化けすると思うんだ。
優等生な桜小路クンがオトナのいい男になるチャンスなんだよ。」
「それを聞いて安心しました。実は俳優交代の依頼かとヒヤヒヤしていたんです」
「ははは、それはすまんかったな。あんたには確かめたいことが、ほかにある」
黒沼さんの目が、ギラ、と光った。
おれの心臓がかすかに鳴った。
「なぁ、あんたが北島に紫のバラで援助し続けてきた理由はなんだったんだ?」
「い、いきなりなんのことです」
「誤魔化したって無駄だぞ~!おれを誰だと思ってるんだ」
「何をおっしゃてるんだか、僕にはさっぱりわかりませんよ」
「人間観察にかけちゃ誰にも負けないつもりだぜ、若旦那。
そうさな、北島の天才性を見出したってことにかけちゃ月影先生と同じだ。
そうそう、この間雨月会館のオーナーと思い出話に花が咲いてな」
背中をつめたい汗が流れ落ちる。
貼り付けた笑顔でこらえているが、動悸が抑えられない。
「あそこも売るに売れない廃館を抱えて困っていたところに「忘れられた荒野」だ。
こんなオンボロ劇場、どうにもなるもんか、と思っていたところに改装工事の話だ。
聞くと費用は全部どこぞの大金持ちが負担してくれるときたもんだ。
初日の台風の被害も、翌日の朝一で修理が駆けつけてくれてな。
しかも始めから割れてしまった玄関のガラスのドアを持ち込んで、だぞ。
北島に『紫のバラの人はどこかに監視カメラでも仕込んだんじゃないか』ってからかったよ。
『それか、キャスト・スタッフの中の誰かの正体が…』
大爆笑だったがな。
おかげでそれからの連日、満員御礼追加公演の嵐だ。
雨月のオーナーも、人気劇場に生まれ変わって大層喜んでいたよ。
「紫のバラの人、には感謝してもしきれませんなあ、」ってな。」
「ただの大金持ちが、あんなに使いやすい劇場をあんな短期間で作りなおせるはずはないな。
おおかたいろんな劇場の設計まで熟知した人物だろう。
ここにいる、台風の初日の様子を唯一知っていて劇場をいくつももっている、
大金持ちの社長さんを除いちゃ他にはいないだろうよ。違うかい?」
おれは表情を読み取られまい、と固まっていた。
うああああ、もう朝4時~~~~~勘弁してぇ~~~~
続きは明日ぁ~~~!!
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