片翼の天使 11
真澄がマヤとともに暴漢に襲われて、紫織は真澄がどんなにマヤを大切に思っているかをまざまざと見せつけられた。
愛する男が殴る蹴るの暴行を受けている様子を見てショックを受けた、だけではなかった。
どれだけ自分が傷つこうと構わずに、恋敵を守りぬいたことが最大のショックだったと言えよう。
自分とのデートは仕事が抜けられないから、と代理の者を寄越すくせに…
あの少女なら、命を落とすことも厭わない、とでもいうような。
あの時言っていたではないか…。あの子を見損なった…あの子がわからなくなったと。
それでも見捨てることをせずに。
あんなに傷だらけになって。
そして自分が倒れてしまったばっかりに、あの子に介抱をさせてしまい…それを死ぬほど後悔した。
将来の妻としての役割を果たすことが出来ず、地団太を踏みたい気分だった。
自分の弱い心身を恨んだ。
あの子を追い出した後の真澄は、きちんと手当てを受けて顔も綺麗に血を拭われていた。
およそ好意以上の感情をもっているはずのあの子が、どんな気持ちで真澄に手当てをしていたか。
それを考えると悔しくて恨めしくさえ思う…。
あれだけ深く傷つけても、あの子は変わらず真澄を恋い慕っているのが…手当ての跡でうかがい知れる。
そして、真澄も…
うわ言に、あの子の名前を呼び続けていた。
何度も、なんども。
ここまで固い結びつきに、自分はどうして割り込まなくてはいけないのか。
そこに拘るのか。
もう…もういいではないか。
ここは、鷹宮の娘として、気高く背を向けるべきではないのか。
あのような謀をするような自分自身には嫌気が差してきた。
でも…でも。
最後の、賭けにでる。わたくし自身を懸けた、賭けに。
鷹宮の使いの女性が、「真澄と紫織に二度と近づかない為の手切れ金」の小切手を置いていく。
「北島。お前速水の若旦那に何かちょっかいかけたのか」
「ちょっかいって…?」
「誘惑、とか」
「まままままままままさかっ!!そそそそそんなっ!!」
「だろうな、お前さんにゃどだい無理だ」
「うぐ…」
「それにしてもそんなお前さんにこんなものをもってくる理由がわからん」
「あたし、そんなもの渡されるような事…考えたりやったりしてません!!」
「そうだな。そんな言いがかりをつけられて、黙ってるわけにはいかんだろう。
北島、本人に突っ返してきてやれ!」
「い、いいんですか?」
「何遠慮してるんだ!おれは悔しくてたまらんのだぞ!!お高く留まりやがって、あのババア!!」
苛立った黒沼は怖いもの無しだった。調べ上げて今夜船内泊のクルーズに出ると突き止めた。
「突っ返してくるまで帰ってくるなよ!」
紫織に迎えの車に乗るように言われ、真澄も港に着いていた。
豪華客船に乗船せよ、とのこと。湾内周遊などのクルーズかと思い、言われるままに乗船する。
真澄はそのことよりも、社を出るときに警備の者の渡された血染めのハンカチが気になっていた。
警備員は最近物騒な事が続いたので、女の子の持つようなハンカチが血で汚れている事、
社長室に落ちていたことに不審感を抱き、直々に社長に渡したのだった。
思いつくことといったら、暴漢に襲われた後社長室で休んでいた時、だ。
ずっと紫織に介抱されていたと思っていた。
しかし、ハンカチは木綿で少女の持つようなキャラクター的な花柄で使い込んだ年季が入ったものだ。
とても紫織の持ち物とは思えない。
まさか、マヤが。
紫織は暴漢が去った後、直ぐに逃げ帰ってしまったと言っていたが。
マヤが持っている、と仮定するとあまりにもストンと納得のいくハンカチだ。
船に乗り込むと、女の騒ぐ声が聞こえる。見るとまさか、のマヤだった。
「ちょっと待ってくれ、その子は知り合いだ」
「はぁ、乗船チケットを持っておられなかったので…」
「用事が済んだら直ぐに降ります!信じて!」
「わかったわかった、大丈夫だ、私が責任を持ちますから、用事が済むまで待ってもらえませんか」
「ハァ…わかりました。では、よろしくお願いいたしますよ」
マヤにとっては、ここで元気な姿の真澄に会えたのは嬉しかった。
「速水さん…よかった、元気そうで…怪我は大丈夫だったんですね?」
「ああ…なんとかね。まだあちこち痛むんだが」
「ごめんなさい…あたしなんかを庇ってくださって…あの時はありがとうございました。
気を失って、ずっと唸っていたから…すごく心配だったんです」
暴漢が行ってしまって直ぐに逃げ出す子が、心配などしてくれるだろうか?
ひょっとして、と淡い希望がうまれる。
「そんなにウンウン唸っていたのか?ずっと介抱してくれたのか。ありがとう」
「い…いえ…紫織さんの体調が良くなってからはお任せしました。ほんのちょっとの間だけです」
「君の忘れ物を返さなければな…」
真澄は賭けに出た。
小さなカマをかければ、マヤは本当のことをすらすらと喋ってくれる。
きっと、まちがいない。
「汚してしまって、悪かった」
血で染まったハンカチをマヤに差し出す。
するとマヤはそのハンカチを頬を真っ赤に染めて受け取った。
その時、誰にも言えない恋の思い出を紡いでいたから。
あの柔らかい情熱的なくちびるの主が、目の前で自分に語りかけているから。
その時、ふたりの目の前に紫織が現れた。
「何を…なさっていますの?」
二人とも心臓が捕まれたかと思うほど驚いた。
冷たい表情ながら口元に笑みを浮かべている紫織を見つめる。
「紫織さん!あたし、あたし、紫織さんにお返ししたいものがあって…!」
この小娘…私の最後の賭けの時にまで邪魔をしに来るのか…!
真実のところ、こんな偶然が起こること自体、初めから負けが決まっているのかもしれないのだが。
崖っぷちに立っている、最後の足掻きをしてみせようか。
「じゃぁ…せっかくだから、マヤさんもお部屋にいらっしゃらない?そこでお話を伺いますわ」
丁寧な案内を受けて、3人はロイヤルスゥイートに通された。
大きな窓からは水平線が見渡せそうだった。
シャンデリアが輝き、調度品は落ち着いた光沢を放っている。
「…す、すごい豪華なお部屋ですね…」
「本当に素敵だわ。ね、マヤさん、窓から海が見渡せそうよ」
紫織はマヤの手を取って、部屋の奥へと招き入れる。
当然のように…天蓋のついた豪華なダブルベッドが目に入る。
「あ…」
「ま…どうしましょう…」紫織が頬に手を当てて恥らう。
「ごめんなさい…マヤさん、あの、黙っておいてくださらない?
婚約しているとはいえ…家の者は真澄様は紳士だと思っているの。
こんなことを他の人に知れたら…わたくし、恥ずかしいわ…」
それは暗に、真澄との間にはしっかりと関係が出来ている、ということなのか。
今夜はふたり、このベッドで愛を紡ぎあうのだ、ということを見せ付けられて
マヤの顔は真っ赤に染まった。
真澄もその光景を見ていて、背筋に悪寒を感じた。
ベッドの前にたつ、女ふたり。
婚約者と、愛していながら絶対にこの腕に抱いて愛を語ることの無い娘と。
不思議な光景だ。自分を嘲笑いたくなる…。
紫織が恥らって自分との行為を匂わせているのもわかった。
何やら、気味の悪いものを見たような気がする。
…やはり、この女を抱くことは出来ない…
結婚をしても、抱こうという気になれないのかもしれない…
この先何十年と、目の前が暗くなるような思いに囚われるのか…。
そうして呆然としていると、マヤがニコッ、と笑った。
「安心してください…あたし、誰にも、ぜーったいに言いませんから!」
そしてスタスタ、と真澄に近づいてきて、まるで親戚の兄にでも言うように軽く言い放った。
「…もう…速水さんたら!本当に仲がいいんですね!まったく!!」
そうして、真澄の腕のところに・軽くグーパンチをして来た。
実際そこは暴漢に殴られて青痣がまだ痛む場所だったが…
それよりも、マヤのそんな返答が…
何よりも真澄の心を痛ませた…。
つづく~~~~~~~~~~!!
船上エピはありません、と書いてありましたとおり…
マス×マヤの甘~いあま~いエピソード、はありません><
どっちかってと、しゅしゅしゅしゅらばんば!!!
ああ、ほんと無駄に長いかもしれません~~~~~~><。
オチがあまりにも軽~~~~~~~~くて、ガッカリってことになりそうでこわい~~
なまあたたかいめ、でおつきあいくださいませ~~~TT
それでは今宵はこのへんで。
明日もいい日でありますように…
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