片翼の天使 17
里美茂が黒沼組の稽古場に姿を見せ、公衆の面前で(挨拶がわりのアメリカ仕込みの)キスをしてから
桜小路は強く動揺した。そして、その帰り道にバイクで転倒し、怪我をしたのだった。
黒沼の説得と自分の「紅天女」への熱意をみつめなおして、桜小路はあらたな気持ちで一真役に取り組んだ。
「どう?調子は」 またふわっと稽古場にやってきた里美が、桜小路に声をかける。
「まさに『足かせ』ですよ。でも稽古はリハビリも兼ねてるのか、驚異的回復だそうです」
「そうかぁ、よかった」
里美は飄々としていて、自分が桜小路の怪我の原因になっていた、などは想像もしていないのだろう。
「でもこの怪我、元はと言えば里美さんが原因なんですからねっ」
「な、なんで?なんで俺?!」
「こんな時にアメリカから帰ってきて、マヤちゃんにちょっかいかけるからです!」
「えええっ、何だよそれ!」
「里美さん、ぼくがマヤちゃんに交際申し込んでるの、知らなかったでしょ?」
「へええええ、君もかぁ!やっぱりもてるんだなぁ…彼女、キレイになったもんなぁ…」
「・・・・・・」
「なんで君が赤くなるんだよ」
そう指摘されて桜小路はますます赤くなった。
ライバル出現を気にも留めなかったように、里美は続ける。
「で?結果は?」
「…試演の結果が決まるまで、保留です」
「ライバルは…君と、紅天女の舞台、か…」
「もう一人、強力な人がいます」
「え!誰だよそれ」
「知ってますか?マヤちゃんの一番のファンで…紫のバラのひと」
「ファン第1号の足長おじさんか。正体がわかったんだ?」
「いいえ。マヤちゃんもまだ会ってないんですけど…どうやら彼女のほうがその人に恋をしているようなんです」
「Oh my GOD!!」
里美は素っ頓狂な声をだして、額に手を当てる。その仕草がおかしくて、桜小路は笑いをこらえた。
「それが…マヤちゃん会った事無いはずのその人に失恋したり…裏切られたと思ったのに想いが復活したり…
なんだかよくわからないんですよね…」
「ふぅ……ん」
天真爛漫だと思っていたマヤが、憂いをまとった曖昧な笑顔を見せていた原因が
そんな恋の痛みを経験したからだったのか…と合点のいった瞬間だった。
「ところで、マヤちゃんてどこにも属してないんだよね?そのままフリーでいる気なのかな?」
「もと居た大都には絶対に戻らない、とは言ってましたけどね。
でも紅天女に決まったらフリーでいるのは難しいですよね…どうするのかな」
「大都だけには戻らない、か…面倒見のいい社長だとは思ったけどな」
「ええ?そうですか?冷酷で平気で酷いことする人で有名じゃないですか!!」
桜小路はイサドラのパーティーでの速水の行動を忘れてはいなかった。
「いや…マヤちゃんに関してだけは親身になっていたから、不思議だと思っていたんだ」
「その頃から紅天女の上演権を狙っていたんでしょう?だからあんな手を使って…」
「ふぅ…ん……速水社長ね…」
そうして二人で話していると、出入り口に人だかりが出来た。
シアターXでのリハーサルも近く、演劇協会からの視察が来ていた。
その中に、話題の人速水真澄の姿もあった。
「大都の速水社長から、差し入れをいただいてます!!午後からのエネルギーにしましょう!!」
「あのー、おれ部外者ですけどー、おれの分もありますかー?」
「バカヤロ。働かざるもの喰うべからずだ!厚かましいヤツだな」黒沼に怒鳴られた。
里美はマヤの姿を探した。
いつものニコニコしている顔が、少し固い。
まわりの女子と談笑はしているが、そこに魂は無いように見える。
マヤは意識していた。
紫のバラのひと、として自分の一生の想いを預ける決心をした。
速水真澄、にこれ以上想いを深くしてはいけない…。
けれど。
耳が、真澄の声を探してしまう。
目が、真澄の姿を追ってしまう。
それを自分でも止められないから、こうして気の無いフリをする…。
里美は真っ直ぐに真澄に近づいていった。
「速水社長、憶えていてくださってますか?里美茂です」
この青年に「マヤを守ってやれ、今度こんなことがあったらおれはきみを許さんぞ」と
苛立ちをぶつけたのはいつだったか。
相変わらず真っ直ぐな自信に溢れ、何をも恐れない姿に胸が焦げる。
「やぁ、よく憶えているよ。大スターのきみにこんなところで出遭えるとは思わなかった」
そうではない。何やら手伝いと称して黒沼組に姿を見せるのを聞いて
マヤと親しく想いを通わせてはいないかと、いてもたってもいられなくなったのだ。
「主演女優殿が大食漢なのは良く知っているからね、たっぷりめに用意したよ。
だからきみのぶんも多分大丈夫だと思うよ」
マヤがすかさずとんでくる。
「だっ、だっ、誰が大食漢、ですって?!」
「地獄耳だな君は。この前あれだけ食べるのを見たら、そう思われても仕方がないとは思わないか?」
「んもう、年頃の女の子にむかって!速水さん失礼すぎます!!」
「山盛り腹いっぱいメシを平らげる天女ね…霞を食って生きていると思っていたのに。夢を壊されたよ」
「ひっどーーーーーーーい!! もう、からかうために来たのね!!」
ぷんすかと怒っているマヤの頭を、里美はわざとらしくぽんぽんとなだめた。
「マヤちゃん、そんなにプンスカしてたら確かに天女らしくないと思う」と笑う。
「速水社長、差し入れありがとうございます!遠慮なくいただきます!
マヤちゃん、同じ大食漢同士だ、一緒に山盛りいただこうぜ」
「もうっ里美さんまで!! あたしそんなに食いしん坊じゃないですったら!!」
里美はマヤの肩に手をまわし、差し入れを並べているテーブルにと連れて行く。
そのエスコートの仕方は自然で、二人は付き合っているのではないか、と噂でも立ちそうに仲良さげに見える。
真澄にとって…
マヤとの少ない語らいの時間をそんな形で奪い取られてしまった。
まさに自分が置いてきぼりにされたような屈辱。
心に中に、激しい嫉妬の嵐が吹き荒れる。
周りに気付かれないように小さく、真澄は唇を噛み締めた。
爪が掌に刺さるほど、拳を握りしめた。
始めから、こんな様子をみることになるとわかっていたはずなのに。
それを恐れていたのに。
自分の結婚によって、マヤとの将来が無くなる絶望など、
マヤが他の男に奪われる絶望に比べれば 軽いものだったのだ、と
真澄はあらためて感じた。
二人楽しげに、エクレアにかぶりついて笑っている。
自分があの、エクレアになって…
食い尽くされてしまうような自身の危機を、震えるほど感じたのだった…。
つづくぅ!!
あらま、桜小路君を 放置してしまいました~~~~~ゴメ!!
それでは今宵はこのへんで。
花見は出来ましたか?明日もいい日でありますように~~~☆
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