* またもや、マスマヤの想いは通じ合っておりません *
もらっといてやる 紅天女公演の稽古場、1時間の昼休憩。
いつもは三々五々に好きな場所に移動する面々が
とくに男性スタッフ・キャストは移動する気配がなかった。
そう、今日はバレンタインデー。
本命にしろ義理にしろ、女の子からのプレゼントを貰い損ねないように
誰もがソワソワウキウキしていた。
マヤももちろん準備をしていた。
座長としては男女の差無く全員に感謝の気持ちを込めて渡したい。
恐ろしく不器用ゆえに手作りというわけもいかないので、
せめて市販のチョコレートを凝ったラッピングで演出しようと
前日夜なべして用意してきたのである。
そして…
所属事務所の社長のぶんも。
これは少し…ほんの少しだけ気持ちが入っている。
本当はありったけの恋の想いを込めて贈りたい。
けれど、
美しい婚約者のいる人に、堂々と贈れるモノでもないし
他のチョコレートに比べてあからさまに差があると、社長にヘンに勘繰られてしまう。
(勘繰られるほうがこちらの想いが伝わる、という意味ではありがたいのに、
それは非常にマズい、絶対に避けたい、という気持ちのほうが強い。
全くもって、フクザツな女心、なのだ)
それで…「まったく、ナニを考えてるんだチビちゃん」とからかわれたり
逆に 「キミの気持ちはありがたいけれど、もうどうしようもないんだよ」
なんて、憐れむように優しく言われたりなんかしたら、
マヤの乙女心はしなしなと萎えてしまうかちゅどーーーんと玉砕してしまうかもしれない。
あたしって素直じゃないわ…とため息をつきながら、
ほんのひと回り大き目の包みだけ、トートバッグの一番奥にしまいこんでいる。
「えーと、今日はバレンタインデーで~す!
いつもドジっ子の阿古夜を支えて下さって、ありがとうございます!
男性の方だけでなく、皆さん全員のぶんチョコレート用意してきました!
どうぞ受け取ってくださいね~~!!」
マヤはそう宣言して、篭に入れた包みを一人ひとりに手渡していった。
KISSチョコをオーロラペーパーの袋に入れて、先をカールしたリボンでキュッと結んだだけのものだが、
みんな喜んで受け取ってくれる。
マヤがそうやって口火を切ったので、
まわりの女性スタッフやキャストもチョコレートにそれぞれの想いをのせて渡し始めた。
篭の中の最後のチョコレートが無くなった瞬間、
「おれにも貰えるのかい?チビちゃん」と声がした。
ハッ、として見たら、そこには速水社長が立っていた。まさか。
「なっ、なんであなたがここにいるんですか!」
つい、いつもの、条件反射に近く、そんなセリフが口をついて出てきてしまった。
社長は口をへの字にして、マヤの頭を鷲掴みにする。
「ご挨拶だなチビちゃん。今日にしか出来ない差し入れを持ってきたのに」
見ると部下がいくつも紙袋を下げている。
「きゃあ!これ、いつも行列が出来てるお店のお菓子ですよね?!」
誰かが黄色い声を立てた。
「えー、皆さんお疲れ様です。公演まであと2週間となりました。
バレンタインデーなので、『リュバン』のエクレアの差し入れです。
たっぷり用意してますので、どうぞ召し上がってください!!」
速水社長が良く通る声で呼びかけたところ、我先に群がってきた。
口々に挨拶をしてエクレアを頬張るにぎやかな様子を、社長は満足げに眺めている。
マヤはおずおずと近づいていき、社長に声をかけた。
「あの…速水さん、差し入れ本当にありがとうございました」
「あぁ、君もちゃんと受け取ったか?君の分って10個は余分に買ったんだが」
「そっ…そんなに食べませんよっっ!」
「どうだか」
社長は肩を小刻みに揺らしながら、笑いを堪えている。
「なーんか、あたしが用意したチョコレートなんてかすんじゃったカンジ~!」
会えて嬉しいのに。
自分がたくさん食べるだろう、なんて考えてくれて嬉しいのに。
素直に嬉しい顔が出来なくて、思ってもいないひねくれた事を言ってしまう…
「それで、結局おれの分はナシ、ってことなのか?」
「あっ、あ、あなたの分なんてありません…ここに来るなんて思ってもみなかったし」
あぁ…なんでそんな余計な事を言ってしまうんだ自分!!
なんだか社長の顔がみるみる不機嫌そうに歪んでゆく。
恩を仇で返すっていうのの典型だわ…って自己嫌悪する。
そこに、桜小路が割って入ってくる。よせばいいのに。
「マヤちゃん、バレンタインのチョコレート、ありがとう!
これみんなの分用意するの、たいへんだったんじゃない?」
速水社長が、チラ、とその包みを横目で睨んだ。
「ん…うん、まぁ、ね」
「こんなにかわいいの全員の分作ってたら、本命用なんて作れなかったのかなぁ…」
「あ…あはは、まぁ、ね。本命用…も、実はいっしょ」
「「 えっ 」」
マヤをめぐる二人の男が同時に声を上げた。
「あっ…速水さん、まだあった!バッグに入ってるはず!!ちょっと待ってて!!」
バタバタと駆け出していったマヤは、桜小路のもっている包みよりも少し大きめのチョコレートをもって、
速水社長の前に戻ってきた。
素直に渡せばいいものを、また、天邪鬼が出てきてしまう…
「婚約者の方から素敵なプレゼントを貰うんでしょうけど、
い・ち・お・う お世話になってる速水さんにプレゼントです。どうぞ」
「あぁ…そのことだが」
「はい?」
「まだ正式発表できないんだが…おれには本命チョコをプレゼントしてくれるような相手は無くなった」
「ふぇ?」
速水社長の不機嫌な顔はまだまだそのままだ。
「誰も本気でおれの事を愛してくれるなんてないんだろうな」
「もともとおれは誰かを愛そうとか愛されようとか、そんな甘ったるいことに意味を見出していない」
「しかし昨今、バレンタインデーにチョコレートを贈りあうというのは
年賀状やお中元お歳暮など節目節目に贈り物で気持ちを繋ぎあう
日本人の美しき習慣のひとつに育ったのかもしれん。
きみも所属事務所の社長に例え義理でもチョコレートを『恵んでやろう』と思ってくれたのならば
その気持ちを無下に断るような理由も見当たらない」
「だから」
マヤは社長の表情がふ、と緩んだのを見逃さなかった。
「きみが一生懸命包んだこのチョコレート、とりあえず、」
「もらっといてやる」
そう言ってワシッと包みを掴み取ったその指で、
マヤのおでこを ぷん 、 とつついた。
「邪魔したな、チビちゃん」
そう言って、つかつかと稽古場を出て行ってしまった。
婚約が…なくなってしまった、ってこと?
なんであんなにぞんざいな受け取り方をするの、あのひとは?!
いろんな想いが交錯して、マヤは混乱した。
けれど、「もらっといてやる」なんて!
マヤは急に可笑しくなって噴出してしまった。
いかにも…負けず嫌いの速水社長らしい受け取り方、じゃないの!!!
「わからないなぁ、速水社長って。少しも嬉しそうな顔しないで嫌そうにもらっといてやる、なんて」
桜小路が頭をひねる。
「速水社長のことを本当に好きだって思う女の子なんて、きっと現れないと思うなぁ…」
マヤはクスクスが止まらなかった。
桜小路の言う言葉にそうね、ほんとにね、と相槌を打ちながら
ここに いるんですけど。
そう思って、なんだか嬉しくて可愛くてずっと…
誕生日が来るまでず~っと笑いが止まらなかった。
おしまい♪♪
「もらっといてやる」
そう記者会見で言ってのけた、某芥川賞作家の方。
実はワシ、気になって仕方がないのです、彼。
ちょっと理解されないかもなんだけど、セクシー…って思って見てしまうのです。
なんでかなーーーーーーー?
バレンタイン2連チャン、いかがでしたでしょうか?
やっぱりドキドキするのは楽しいデスね♪
それでは今宵はこのへんで。
明日もいい日でありますように♪♪
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